「たーたん」(西炯子)3話
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第3話
「・・・桜も終わりだな。"花筏"か・・・」
敦と鈴は二人、桜の花びらが水面を覆う川を眺めていた。
美しさにほっこりする敦とは違って鈴はあまり興味がないようだ。
「・・・いやらしいことを考えてるでしょう。」
「・・・何が。」
「中学生女子に朝からそんなこと言わせる?」
「なっ、わっ、そっ」
鈴の突っ込みに焦る敦。
「何あわててんの?」
・・・・
「花が美しいわねと言いたかっただけよ。さて、たーたんも会社に行きなさい。」
「あ・・・ああ・・・」
「四十八手のことなんか考えてないで。」
・・・・
鈴は最後に聞き捨てならぬオチをつけてスタスタと歩いて行った。
(・・・まったく!一体どこで何を覚えてくるんだ・・・!?こないだまでミルクのんでたくせに・・・)
・・・はっ
(まさか、もう彼氏とかいるんだろうか・・・!?――いや、許さん!鈴に近づく男はかたっぱしから投げ飛ばす!)
そう思って敦はこぶしを握り締めた・・・ものの。
(・・・来年、来年の今頃・・・鈴は俺の手元にいないかもしれない。)
いつも考えていることが頭の中をめぐる。
(話さなければ・・・一年後、あいつの実の父親が、15年の刑期を終えて、出所してくることを・・そろそろ・・・そろそろ・・・)
学校で友達と遊んでいた鈴は、ボールが転がっていた方に立っていた女の子に声をかけようとしていた。
「ゴメン、えーと・・・」
その子は鈴たちとは違う制服を着ていた。
その子はボールを拾い、えいっと投げたが鈴には届かず明後日の方向に飛んでいった。
「どんくせー。上田のクラスの転校生だっけ?」
「静岡?なんかその辺から来たんだってね?制服ちがうね。」
そうひそひそと噂話をされた女の子は恥ずかしそうにその場を離れ、教室に向かったがそこでも誰にも相手にしてもらえず、そのままひとり教室からも出ていった。
掃除の時間になってもひとりぼっちでいると、
「さっきはごめんね。名前出てこなくて。」
と、鈴が声をかけてきた。
「吉川さん」
それを見とがめたほかの同級生がまたひそひそと噂をする。
「吉川さんとこってさ、母子家庭なんだよ。お母さん離婚して東京に戻ってきたんだって。」
「へーそーなんだ。なんで原田さん知ってんの?」
「あの人のお母さん、うちの製菓工場で働くことになったから。」
「へえ」
「なんか方言?でるよね。」
「あーそうそう「だらー」だっけ、「ズラー」だっけ。」
「ズラーだってアハハハハ!」
そうひとしきり吉川について話した後、原田は鈴たちに近づいてきた。
「ねえ、上田さーん。今日ウチらマックに新作シェイク買い行くけど一緒行かない?」
明らかに鈴だけを誘ってくる。
「ゴメン、パス。おこづかいないし。」
鈴はさらっとその誘いをかわした。
「・・・あそ?」
「――あの、上田さん、ちょっといいですか。」
はっ、めっかった・・
妹尾の声かけに敦はバツの悪そうな表情をした。
「…前も言いましたよね。そうやってホイホイ他の人を手伝ってると、みんな上田さんのことあてにしていいんだって思うようになっちゃいますよ?」
妹尾の忠告はもっともだ。
「あの子・・・杉浦くん、ついこないだこの地域に来たばっかだし・・・」
言い訳する敦だが、
「走らなきゃ道もおぼえられません。」
妹尾はさらにもっともなことを言う。
「・・・まあ、そうんなだけどさ・・・妹尾さん・・・ホラ、仕事は助け合いだから。お、こんな時間だ。午後便出発しなきゃ。」
そう濁して敦はそそくさと出て行ってしまった。
(気の弱い・・・助け合いっていうけど・・・ほかの人が同じように助けてくれるとはかぎらないのよ。)
「新しいカレ、杉浦くんていうんだ〜〜彼女いんのかな〜〜」
同僚男性のことばかり気にかかるらしいバイトの片岡にそんなことを聞かれ、
(・・・この人はこの人でなんだろう・・・?)
妹尾にとっては気の弱い敦も男ばかり気になる片岡も理解できない。
(・・・・ダメだ。あの人見てるとイラつく・・・)
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学校の体育館。
ピーッ
「ハーイ、じゃ二人組になってー自由でいいよー。」
当然、友達同士で組もうとするので新入りの吉川はひとりぼっちになってしまう。
誰にも声をかけられずぽつんとひとり残る吉川の隣にそっと鈴は寄っていった。
吉川がぼっちになっておもしろがっていた原田たちは鈴を呼び出した。
「上田さんさあ、吉川さんと仲良くする気?なに一人でいい子になろうとかしてんの?」
原田は友人二人と三人で鈴に文句をつけるが鈴にはきかないようだ。
「あの子イラつくじゃん。おどおどしてどんくさくてさ。」
「仲良くなれるかはわかんないけど、いじめる気はないってだけ。」
教室に戻って音楽の時間。
「それではパート練習に入ります。各自楽器を用意してください。」
めいめいが椅子から立ち上がり準備をする中、原田も立ち上がった。
隣に座る吉川も遅れて立ち上がったとき、風に吹かれて原田の机の上のペンがころころと転がって落ちそうになった。
(あっ、落ちる)
そのペンを手で止めた瞬間、
「ちょっと」
振り返ると原田が吉川を見下ろしていた。
「なに人のペンとってんのよ。」
「・・・え、・・・ちが・・私・・・」
「返して、返してよ。」
周りは何が起こったかわからず集まってくる。
「――あやまりなさいよ。」
(なに?どうしたの?)
(原田のペンとったって)
「――うちのお父さんに言うよ。そしたらあんたのお母さん、うちの工場やめさせられるかもね。」
「え?原田んちで働いてんの?」
周りのざわめきが大きくなる。
「そ、掃除とか雑用だけどね。」
「へ〜〜大変〜〜てかお父さんから養育費とかもらってねーの?リコンしたんだろ?」
「もらってないから制服とかが前のままなんじゃん?」
「あそっか。」
「あやまんなさいよ!早く!」
「――あのさ、吉川さんホントにとったの?」
そこに割り込んできた鈴。
「私現場見たし。」
原田の主張を無視して鈴は吉川にさらに聞く。
「そうなの?」
吉川は必死で弁明する。
「・・・風で・・転がって・・・「落ちる」って・・・思って・・・とってない・・・私・・・」
「ふーん。・・・そんならあんたもちゃんと言い返しなよ!」
鈴は吉川を一括すると振り返り、原田に詰め寄った。
「そんで原田さんさ、何それ!親にいいつけるとかさ!この人のお母さんちゃんと働いて生活費かせいでんじゃん!すごいよ!それをネタにしていじめるなんてマジ最低だよ!」
原田は自分の目論見をみんなの前で暴露されて何も言い返せなくなってしまった。
帰り道で吉川は鈴を追いかけてきた。
「・・・ありがとう、今日・・・・」
おとなしい吉川の精一杯のお礼の言葉だった。
「別にお礼言われるようなことは何も。」
「上田さん・・・大丈夫なの?・・・明日から。」
「何が。」
「・・・その・・・」
「原田さんとは別に親しくないから。」
「でも・・・」
鈴は少し微笑んだ。
「"ぼっち"って言われるのが怖いから、とりあえず一緒にいるなんて意味ないじゃん。そういう人たちとつきあうんなら一人でいるほうがマシ。友達って、いなきゃいけないもんでもないと思うよ。」
そう言い切る鈴の横顔を、吉川は尊敬のまなざしで見つめていた。
毎日毎日鈴に自分が父親でないことを話さなきゃいけないと逡巡する敦。
今日もあれこれ思いを巡らせながら家の前までやってきた。
(・・・そうだ。何気ないこんな普通の日にさらっと切り出した方がいいんじゃないか?特別な機会を作って・・・なんて構えるより・・・うん。)
深く深呼吸して扉を開ける。
(――落ち着いて。鈴は大丈夫だ。)
「たー・・・ただいま・・・」
「おかえり。」
いつもどおり真顔で迎える鈴に対して、言いにくいことを伝える覚悟の敦はドキドキでがちがちだ。
「・・・あの・・・な、今日・・・さ、ちょっと話が・・・」
言いかけた敦の視界にもう一人の人物がひょこっと現れた。
「吉川さん。うちのクラスに転校してきた子なんだよ。」
「・・・お・・・おじゃましてます・・・」
ぱくぱくぱく・・・
敦は言いたかったことが言えなくなり・・・
「・・・いらっしゃい・・・」
「・・・おいし・・・」
「そうかな〜〜大したことないよ〜〜」
「なんでたーたんが照れるのさ。」
吉川の素直な感想に照れる敦。
鈴が作った料理をほめられたのがうれしかったのだろう。
「たーたん?お父さん・・・だよね?」
「うん、一応父。」
「一応ってなんだよ。」
「じゃ、とりあえず父。」
どこまでも反抗期な娘である。
「・・・とりあえずって・・・」
強く言えない父。
「ホントの父だから心配しないで。どっかのおじさんじゃないから。」
鈴はそう吉川に言ったがそれを聞く敦の心中は決して穏やかなものではない。
本当は・・・
「・・・うち、もうすぐそこだから・・・ありがとう・・・今日はおじゃましました・・・」
「またおいで。」
そう優しく話しかける敦に吉川は恥ずかしそうに俯いた。
「・・・でも・・・ま、まだそんなに親しくは・・・」
「鈴が連れてきた子だもん。またおいで。」
「・・・お母さんが仕事の帰りが遅くて、いつも一人で100均のカップめんで夕食済ませるって言うんだ。・・・なんか放っとけなかった。びっくりさせてゴメン。」
めずらしく鈴が敦に謝った。
少し照れた表情で。
敦は鈴の頭にポンっと手をやり、鈴はそれを許しのサインだと受け取って微笑んだ。
「・・・ところでさ、たーたんさっき話があるとか言ってなかった?」
「――え。・・・・」
ここから切り出す勇気もない。
「・・・や・・・いいんだ、ア、アイス買って帰ろうか。」
「たーたんはメタボになるからダメ。鈴の分だけ買って。」
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